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東京地方裁判所 昭和42年(ホ)3351号 決定

被審人 大洋自動車交通株式会社

主文

被審人を処罰しない。

理由

一  次の事実は一件記録によって明らかである。

岩下友武は、昭和三六年九月一三日、被審人(以下「会社」という。)に雇傭され、タクシー運転手として勤務していたが、会社は、昭和三八年一〇月九日、同人に対し解雇の意思表示(以下「解雇通告」という。)をなした。

岩下および同人の所属する大洋自動車交通労働組合は、東京地方労働委員会に対し、右解雇は不当労働行為であるとして、救済の申立をなしたところ同委員会は、昭和三九年一〇月二七日、右申立に対し救済命令をなした。

会社は、中央労働委員会に対し、右命令について再審査の申立をなしたが、同委員会は、原救済命令を維持し、右再審査申立を棄却する命令をなした。

会社は、当庁に対し、右中央労働委員会の命令の取消を求める訴を提起し、右事件は当庁昭和四一年(行ウ)第五号事件として当庁に係属中である。

中央労働委員会は、当庁に対し、当庁昭和四一年(行ク)第三一号事件をもって、右命令につき緊急命令の申立をなした。

当庁(民事第十九部)は、同年八月一五日、次のとおり緊急命令をなし、右命令は同月一八日、会社に送達された。

「被申立人(会社)は、被申立人を原告とし申立人(中央労働委員会)を被告とする当庁昭和四一年(行ウ)第五号行政処分取消請求事件の判決が確定するまで、申立人が中労委昭和三九年(不再)第四二号事件において維持した東京地方労働委員会の昭和三九年一〇月二七日付命令(都労委昭和三八年(不)第六七号不当労働行為申立事件)に従い、岩下友武を昭和三八年一〇月当時の原職またはこれに相当する職場に復帰させ、解雇から復職までの間に同人がうけるはずであつた諸給与相当額をその間の中間収入を控除の上支払わなければならない。」

会社は、昭和四一年九月二一日、右緊急命令に従い、岩下を原職に復帰させた。

岩下は、当庁に対し、会社は右緊急命令のうち、解雇から復職までの間に同人がうけるはずであつた諸給与相当額をその間の中間収入を控除の上支払わなければならない、との部分(以下「給与支払命令部分」という。)を履行していないから、右事実は労働組合法三二条に該当する旨を通告し、同条所定の過料の裁判手続を開始するよう職権の発動を促す申立をなした。

二  そこで、会社に給与支払命令部分の違反があるかどうかについて判断すると、岩下友武作成の報告書および会社代表者吉田久次作成の緊急命令履行状況報告書によれば、次の事実が認められる。

会社は、右緊急命令の送達を受けたのち、岩下に対し、解雇から復職までの諸給与相当額は一二一万六五八〇円であり中間収入は一一四万五六三一円であるから、前者から後者を控除した七万〇九四九円を支払う旨を通知してこれを提供したが同人はその受領を拒絶した。その計算の根拠は次のとおりである。

(一)  諸給与相当額 岩下の給与は、他のタクシー運転手と同様、月間の運賃収入(運収)を基礎としたいわゆる歩合給であつたから、諸給与相当額の算定に際しては、解雇前三ケ月の運収を基礎として一ケ月の平均運収を算出し(なお、昭和三九年一月一日からタクシー運賃は値上げされ、陸運局の調べによれば平均八パーセントの増収があつたから、同人の運収の算出についても、同日以降は右割合により増額してある。)これを基準として会社の給与規定に従い、解雇から復職に至る期間(昭和三八年一一月分から昭和四一年九月分)の諸給与を計算すると、その額は一六七万八一八〇円となる。

しかしながら、同人は、昭和四〇年一〇月三一日、後記新都交通株式会社において運転手として乗務就労中、他車から受けた追突事故により傷害を受け、前記復職時まで労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付および休業補償給付を受けていたから、同年一一月一日以降復職時まで就労不能の状態にあったものというべきである。したがってその期間に同人が就労によって得られたはずの諸給与額四六万一六〇〇円を前記金額から控除すると、その額は、一二一万六五八〇円となる。

(二)  中間収入 (イ)岩下は、会社から解雇されたのち、昭和三八年一〇月二一日新産別労働組合城北支部に加入し、同日以降昭和四〇年三月まで同組合に所属し、右期間中同組合の斡旋により東京都内のタクシー会社に臨時運転手として就労した。そこで、会社は、同人に対し、右就労による所得額を明らかにするよう求めたが、同人はこれに応じなかった。そこで、会社は前記平均運収を基礎として、同組合所定の歩合給表により同人の所得額を推計したところ、一ケ月の推計額は昭和三八年一二月分までは四万六八〇〇円、昭和三九年一月分以降は五万一七四〇円となり、右期間中の合計金額は八六万九七〇〇円となつた。(ロ)岩下は、昭和四〇年三月二五日新都交通株式会社に雇傭され、前記追突事故による傷害を受けた同年一〇月三一日まで就労し、その間二七万五九三一円の賃金を得た。

三  ところで、本件緊急命令のうち、給与支払命令部分は「解雇から復職までの間に同人がうけるはずであつた諸給与相当額をその間の中間収入を控除の上支払わなければならない。」として、その数額を特定していない。しかしながら、諸給与相当額といい中間収入といい必ずしも一義的にその数額が確定しうるものではない。すなわち、諸給与相当額についていえば、基準とすべき平均賃金、昇給率、諸手当等をいかに算定するかによってその額が異なって来るし、中間収入についていえば、少くともそれが副業的なものであって解雇がなくとも当然取得できるものを中間収入とみるべきでないことは明らかであるから、それが副業的なものであるかどうかについての判定のいかんによっては、中間収入額が異なって来る場合がある。してみると、このような形態の緊急命令は、使用者に対し、一定額の支払を命じているものではなく、合理的な根拠によつて算出された金額の支払を命じているものと解すべきである。したがつて、使用者が提供した金額について、その計算が合理的な根拠に基づくものであるならば、その額が後日裁判によつて確定された額に満たない場合であつても、使用者には緊急命令の違反はなく、反面、提供金額が合理的な根拠を欠き、裁判による確定額に満たない場合には緊急命令違反となることとなる。これについては、まず、後日なされた過料の裁判において確定された金額に満たない場合はすべて緊急命令違反となるとの見解が考えられるが、この見解は、行為後に定められた(もしくは明らかにされた)構成要件によってその行為について処罰をすることとなつて妥当でない。次に、緊急命令の内容が不明確であることにより使用者には履行すべき何らの義務も発生しないとの見解も考えられるが、この見解は一義的ではないにせよ一応の算定ができることを看過しており、ことさらに支払を免れる使用者が処罰されない結果となって妥当でない。

四  そこで、会社の提供した七万〇九四九円が合理的な根拠に基づくものか否かについて判断する。

(一)  諸給与相当額について 岩下が解雇通告を受けたのが昭和三八年一〇月九日であることは前示のとおりである。そして、新都交通株式会社作成の給与支払明細書および回答書によれば、同人は、昭和四〇年一〇月三一日同会社の車輛に乗務中追突事故を受けたことにより就労不能となつたため、同年一一月一日から同月二〇日までは保証給、翌二一日以降原職復帰の日までは労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付および休業補償給付を受けていたことが認められる。してみると、同人が解雇から復職までの間にうけるはずであつた諸給与相当額の算定期間は、昭和三八年一〇月九日から昭和四〇年一〇月三一日までということになる。そこで、その額を算定すると、いずれも、会社代表者および組合代表者作成の昭和三七年五月一日付、昭和三九年七月八日付、同年一二月一三日付各協定書、同年七月二〇日付、昭和四〇年六月一八日付各労働協約書、同年七月一日付協約書、いずれも会社作成の歩合給部門と題する表(二葉)、給与規定、昭和三八年度賃金台帳、会社代表者作成の前記報告書を綜合すると、岩下の解雇前三ケ月の平均運収を基礎として計算した諸給与相当額は、一二二万四九二〇円であることが認められる。(会社の計算した一二一万六五八〇円は違算であると認められる。)

もつとも、いずれも岩下友武作成の要求書および上申書によれば、会社は本件解雇通告をなした以前である昭和三八年六月一日岩下に対し解雇通告をなし、同月二九日にこれを撤回したことがあつたが、このことから、岩下は右二回にわたる解雇通告があつた直後会社に対し解雇通告の撤回を求める行動をなしており、そのため平常の月よりも就労が少なかつたとして会社に対し同年七月分および九月分を除いた解雇直前の三ケ月すなわち同年五月、六月、八月分の賃金を基礎として平均賃金を算出し、これに基づいて諸給与相当額を算出し、二一九万八二七一円を要求していたことが認められる。しかしながら、会社作成の賃金台帳によれば七月分および九月分の賃金は他の月に比較してやや低額ではあるけれども異常に低額とはいえず、九月分についていえば五月分とほぼ同額であることが認められ、このことと、平均賃金は事由発生前三ケ月を基礎とする旨を規定した労働基準法一二条の趣旨とを併せ考えれば、会社の計算は一応正当なものというべきである。

なお、会社は、右計算に際しては、諸手当中無事故手当を計上していない。しかしながら、会社代表者作成の前記報告書によれば、岩下は従来事故多発者としてその支給を受けなかつたことが多く、他方、同人は従来において欠勤したことがあつたにもかかわらず、会社は、右計算に際しては、同人が皆勤したものとして皆勤手当を計上していることが認められるから、これらの点を斟酌すると、会社の右計算が不当なものであるということはできない。

(二)  中間収入について (イ) 新産別労働組合城北支部長作成の証明書によれば、岩下は、昭和三八年一〇月二一日同組合に加入し、同日から昭和四〇年三月まで在籍し、同組合の斡旋によつて右期間中タクシー会社に臨時運転手として就労していたことが認められる。右就労による取得額については、同組合が当裁判所に対してなした回答書によれば、同組合は組合事務所の移転があつた等の事情から、記録の保存が充分でなく、岩下に関する記録については、同人が昭和三八年一一月ないし昭和三九年一月、同年三月および四月に就労したタクシー会社の名称を控えた書類のほかは保存されていないことが認められる。しかしながら、このことから同人が右期間以外は就労していないと即断することはできず、むしろ同人は前記のとおり同年三月まで同組合に在籍していたのであるから、会社が右期間は右合計五ケ月と同様に同組合から斡旋を受けて就労していたものと推定したとしても一概に不当ということはできない。ところで、昭和三八年一一月ないし昭和三九年四月に至る期間(但し同年二月を除く。)同人が就労した各タクシー会社が当裁判所に対してなした回答書によれば、同人が右就労により取得した金額は、昭和三八年一一月ないし昭和三九年一月分については、会社の推計額よりも低額であるが、同年三月および四月分については高額でありこれを平均するとその額は会社の推計額にほぼ近似することが認められる。してみると、同人が同組合に在籍した期間における同人の所得額については、会社の計算は一応正当なものということができる。

(ロ) いずれも新都交通株式会社の在職証明書、給与支払明細書、回答書によれば、岩下は同会社から昭和四〇年三月二五日以降同年一一月二〇日までの賃金として二七万五九三一円の支払を受けたことが認められる。

五  以上により、会社が算定した金額は、諸給与相当額算定に際しての違算による八三四〇円については合理的な根拠を欠き同額について緊急命令の不履行があつたこととなるが、その他の点については一応合理的な根拠を有しているものということができ、また、右不履行部分も違反の程度は極めて軽微であつて違法性を欠き処罰に価するものではないというべきである。

よつて、本件においては会社を処罰しないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 西山要 今村三郎 山口忍)

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